夢のはじめに

「なーなーサビク!」
「……ん?」
 呼ばれて少年は、書物に落としていた視線を持ち上げた。
 そこには、彼よりも幼い少年がいた。うつ伏せになりながら、ベッドに突いた頬杖の上で言う。
「サビクの夢って何?」
 ぴこぴこと両脚を動かしながら問われ、サビクは苦笑した。
「…なんだよラスアルフ、藪から棒に。」
 そう返しながらも、本を畳み、ベッドの上で座り直す。
「もしここから出られたら、サビクは何したい?」
――なかなか興味深い話題だね。僕も混ぜてよ。」
 そう言って加わってきたのは、ラスアルフよりも少し大人びた表情の少年だった。
 彼はラスアルフの隣に位置するベッドの上で、サビクに向けて身を翻す。
「ホリマ…お前まで…。」
「えーっと、サビクの夢の話だよね?」
「そうそう、ここから出たら、どうしたい?って話。」
 二人から興味津々に訊ねられ、サビクは顎に手を当てた。
「…そうだな…
 俺は… かわいい嫁さん貰って、かわいい子供授かって、みんなで毎日楽しく暮らす…かな。」
「へ~。」
「あれ? 意外とふつー。」
 しみじみと頷くホリマ。対してその横で淡々と感想を述べられ、サビクはラスアルフに半眼を向けた。
「普通で悪かったな、普通で。」
 しかし、彼は屈託なく笑い、
「いやいや、いいじゃんそれ。
 じゃあオレ、サビクんちの子になる!」
 胸を反らし、得意気にビッと親指で自分を示す。
「あ、ずるい。僕だって、サビクと一緒にいたいのに。」
 珍しく拗ねるような素振りを見せるホリマに、サビクは優しい微笑みを向けた。
「バーカ、お前達を置いていくかよ。」
『え?』
 二人は首を傾げる。
「ここにいる全員と、俺の家族で住むんだ。」
 それに、二人の表情がぱっと明るんだ。
「いいねぇ!
 じゃあオレ、サビクの子供と毎日遊んでやるよ!」
 ラスアルフが拳でどんと胸を叩く。
「…ラスアルフの場合、サビクの子供に遊んでもらう、にならないといいけど…。」
「なんだとー。そんなことにはならねーよー。」
 打って変わって悲しげに口を尖らせる姿に、サビクとホリマが微笑(わら)う。
「…でもさ、サビク。」
 と、今度はホリマ。
「僕達がいたら、サビクの奥さんが迷惑なんじゃない?」
「はっ…。」
 その一言に固まるラスアルフ。
 けれど、サビクの表情は崩れない。
「いや、問題ない。そういう人を嫁さんにするからな。」
「ああ、なるほど。確かにサビクの奥さんとか、そんな人っぽい感じするよね。」
「っ~~~よかったー!!! オレ、サビクんち追い出されたら、行くとこなさそーだもん。」
 頷くホリマの横で、心底安堵して胸を撫で下ろすラスアルフ。
「…でも実際、どんな人がサビクの奥さんになるんだろうね。」
「そうだな… それは、その時になってからのお楽しみだな。」
「きっと、ラスアルフさんにはいつも子供の面倒を見てもらっているので…って言って、オレのおやつをこっそり大盛りにしてくれる人だな!」
「きっと、甘いもの食べ過ぎだから、ラスアルフさんの健康のためにおやつは抜きにしましょうねって人だと思うよ。」
「その可能性は高いかもしれないな。」
「えーっ!?」
 そんなことを言いながら、三人は幸せそうに笑った。
 薄汚れた天井の下、薄暗いその部屋で、彼等は声を弾ませる。
 膨らむ想像に、話は尽きそうにない。

 それが、実現するはずのない未来だとしても――